ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

信頼できない語り手が作り出す三つの世界「日の名残り」

カズオイシグロの大ファンで、著作はほぼ全て読んでいるのだが、その中でもひときわ秀逸だと思うのはやはり「日の名残り」だ。

品格の問題、叶わなかった恋の問題、イギリスの旅情、とにかくいろいろな側面で話す内容の多い作品ではあるが、今回はこの小説で用いられている技巧について話したい。

以前にもこの本でエントリーは書いているけれど、再読した印象の備忘録として残そうと思う。

 

カズオイシグロの使う小説上の技巧といえば、「信頼できない語り手」のテクニックが欠かせない。「信頼できない語り手」の特徴とは、読んで字の如く時折語り手であるスティーブンスが「事実ではないこと」をほのめかす、というところにある。読み手はそれによって混乱し、ひっかかりを覚える。なぜ、スティーブンスは事実ではないことをほのめかし、我々を混乱させるのか?そしてそれがこの物語を動かす上での大きな推進力になっている。

 

 

 

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自由の正体 「1984年」

全体的に重苦しくて救いがないし、ところどころで偏執的とも言える思想の垂れ流しのような文章が羅列されていて実によみづらく、眠気を催してくるものの、この小説のことは昔からずっと好きだった。今回も読みすすめるのはけっこうな苦行ではあったが、「今」この小説を読むことは価値のあることだと感じた。

それは、コロナ禍で今、とくに日本で起きていること、そして、コロナ以前から日本で蔓延している事象がこの作品と分かちがたく結びついているのではないかと思うからだ。ある意味でずっとぼく自身が感じてきた日本での生き辛さがこの話に凝縮されていた。

 

 

 

 

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不条理を受け入れる 「ペスト」

新型コロナウイルスの影響で話題になっている「ペスト」。この本は日本だけでなく、ロンドンレビューオブブックスでも取り上げられており、イギリスでも話題になっているようだ。
(ロンドンレビューオブブックス)
https://www.lrb.co.uk/the-paper/v42/n09/jacqueline-rose/pointing-the-finger

ペストは新型コロナウイルスと同じ、人と他の生物の両方が罹患するウイルス(人獣共通感染症)であり、ペストが蔓延したアルジェリアの「オラン」はこの小説の中で都市封鎖(ロックダウン)される。人の出入りは制限され、人々は今住んでいる都市から出入りすることができない。これは我々が今まさに世界中で直面している状況と非常に似通っている。

ただ、その一方で「ペスト」の冒頭にはダニエル・デフォーによる謎めいた一節がある。

「ある種の監禁状態を他のある種のそれによって表現することは、何であれ実際に存在するあるものを、存在しないあるものによって表現することと同じくらいに、理にかなったことである。 」
ダニエル・デフォー

印象的ではあるものの、もってまわった言い方ですごくわかりづらい。
しかし、カミュが冒頭にこの一節を配置したのは当然大きな意味を持つ。
この冒頭の一節は、「今から「ペスト」のことを書くけれど、私が表現したかったのは「ペスト」のことではない」という宣言ではないだろうか。

カミュの「ペスト」を通して今我々の身に何が起きているか、そして、「彼ら」の身に何が起きたかを考えていきたいと思う。

 

 

ペスト(新潮文庫)

ペスト(新潮文庫)

 

 

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