ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

祝ノーベル文学賞 信頼できない語り手が信頼できる語り手となる時 日の名残り

今年のノーベル文学賞カズオ・イシグロに決定した。
ファンとしてはとてもうれしく思うし、これから日本でもカズオ・イシグロの小説を読む人が増えたらいいな、と思うので、レビューを書くことにした。なぜ彼がこのタイミングでノーベル文学賞を受賞したのか、僕なりに考察してみようと思う。
カズオ・イシグロの著作はとても素晴らしいものばかりだけれど、今回は「日の名残り」を取り上げてみようと思う。

日の名残りは1989年に上梓され、その年の英国最高栄誉の文学賞ブッカー賞に輝いた。
NHKで放送された「カズオ・イシグロの文学白熱教室」でこの小説を一言で述べるなら以下のようになる、とイシグロ自身が解説している。
「完璧な執事になりたがっている男の話で私生活やそのほかのことを犠牲にしてまで完全無欠な執事になりたいと願っている」
そう、この小説の舞台はイギリスであり、主人公は執事なのだ。
見た目は日本人、言葉は英語、そしてふるまいは英国人のカズオ・イシグロは、この小説の中で何をわれわれに伝えたかったのだろうか。

 

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

 

 

 

 以下、ネタバレを含みます。

 

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芸術か猥褻か、知性か本能か?チャタレイ夫人の恋人

1929年。イギリスで初めて出版された「チャタレイ夫人の恋人」は著者ロレンスの判断でオリジナルの内容から性描写が割愛されていた。オリジナルは知人のみに配布されたが、海賊版が横行していたらしい。

1960年、性描写をオリジナルに戻した無修正版チャタレイ夫人の恋人は、当時のイギリスで猥褻文書として告訴され、1950年日本で無修正版が日本語訳されて出版されたときにもその性描写が「公序良俗を乱す」として議論を呼んだ。
結局のところイギリスで本書は無罪だったが、日本においては最高裁で敗訴、絶版となっている。

確かに性描写は多いし、そこそこの分量もあるが、どちらかと言えばその内容は抽象的であり、表現は婉曲的だ。貴婦人と使用人の恋というのは当時としては背徳的な関係性であっただろうが、性描写単体として見た時、とりたてて目を引くような奇異さ、公序良俗を乱すと感じられるような描写はない。
Amazonのレビューでも、読書会においても、どちらかと言えば俎上に上げられたのは、「なぜこの本がそれほどまでに性描写で耳目を集めたのか?」ということだった。

僕はこの本を読んでいて、グスタフ・クリムトの書いた3枚の天井画のエピソードを思い出した。医学、哲学、法学と題され、ウィーン大学の講堂の天井を飾る予定だった絵だ。

この絵も、チャタレイ夫人の恋人同様、当時多くの議論を呼んだ。

依頼主のウィーン教育庁は「知性の権威」である大学に飾るにふさわしい主題をクリムトに求めたのだろうが、彼が書いてきたのは、あきらかに耽美的で本能におもねるような内容だった。「医学」について言えば、死神が恍惚の表情を浮かべた裸体の女性を引き寄せるような描写がされている。

この絵の主題は「知性の敗北」であるとも思える。


クリムトの天井画とチャタレイ夫人の恋人。二つに共通するのは、「権威に対する挑戦」だ。
今では何事もなかったかのように無修正版のチャタレイ夫人の恋人を読むことができるが、それは実は僕達がとても幸せな時代を生きているということの証左なのかもしれない。

 

 

チャタレー夫人の恋人 (光文社古典新訳文庫)

チャタレー夫人の恋人 (光文社古典新訳文庫)

 

 

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『選択』と『年齢』

2017年夏。文学誌を開いた僕は、3度目の挑戦が報われなかったことを知って肩を落とした。
今年で33歳になる。一次予選すら通過できなかった文学賞を、それでも今年もまた目指すことになるだろう。
小説のネタになるような構想はある。10年勤めた会社だ。抜き方もわかっているから長編を書くくらいの時間を作り出すことはできる。土日を削り、出勤前の時間を消費し、行きつけのブックカフェに入り浸ってキーボードを叩く生活がまた始まる。
もとはと言えば僕が勝手に始めたことだ。誰にも文句は言えないし、辞めたければさっさとやめればいい。でもときどき少しでもいいから報いが欲しくなるときがある。
今日くらいは自分のために文章を書くのもいいだろう。

 

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

 

 

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