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ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

リアルウシジマくんのアングラな世界「凶悪」

英語でお金のことをクレジットと言う。クレジットの別の意味は、信用だ。
紙幣は目に見えるが、それはお金と言うものの実体ではない。紙幣の材料原価は、その値段よりもはるかに安い。じつのところを言えば、信用という目には見えないものがお金の実体なのだ。
しかし、人は時として目に見えるものよりも、目には見えないものを優先する。
これは人の命をお金に替える血の錬金術に魅せられた二人の「凶悪」のノンフィクションだ。
上申書殺人事件という実在の事件が発覚する引き金になったルポルタージュである。
 
 
上申書殺人事件
死刑判決を受けて上訴中だった元暴力団組員の被告人は自分が関与した複数事件(殺人2件と死体遺棄1件)の上申書を提出。元暴力団組員が「先生」と慕っていた不動産ブローカーが3件の殺人事件の首謀者として告発された。元暴力団組員に取材を続けていた雑誌『新潮45』が2005年に報じたことによって、世間から大きく注目されるようになり、「先生」が関与した1つの殺人事件について刑事事件化した。
暴力団組員が上申書で告発したきっかけは、「先生」が首謀した殺人事件の報酬を受け取る約束について直前に別の刑事事件で逮捕・長期勾留されたことで「先生」に反故にされたこと、世話を頼んだ舎弟が自殺した際に舎弟の財産は「先生」の手により処分されたことであった。Wikipediaより抜粋

 

"先生"と、元暴力団組員の後藤が起こした幾つかの事件のなかでも、日立市ウォッカ事件が最悪に後味が悪い。借金で首が回らなくなった元会社経営者を"家族同意のもと"で監禁して強制的に酒を飲ませて殺害した。被害者は土壇場で命が惜しくなり、命乞いをするが、犯人達はそれを許さない。被害者の家族に電話をかけて、「じいさんが、もう帰りたい。死にたくないって言ってんだけど、どうする。酒、飲ませ続けていいか。それとももうやめっか」と尋ねる。辞める気は毛頭ない。共犯関係であることを明確に認識させようとしたのだ。被害者の妻は「もっと飲ませれば」と答えた。その後コンセントの被覆を剥いて頭に押し当てたり、筆舌に尽くし難い虐待続け、最後はアルコール度数90%を超えるウォッカを瓶ごと口に突っ込まれて飲まして殺害した。

被害者は、翌日山林で変わり果てた姿で発見された。死因は急性アルコール中毒だ。もともとアルコール依存症だった被害者の死は当初誰からも不審がられはせず、すぐさま荼毘に付された。

なぜ"先生"らに被害者を預けて殺人を依頼したのか、被害者家族は後に語る。「このままでは借金で家族は離れ離れになる。家と家族を守るためには、じいちゃんを三上("先生"の本名)に預けて、大量に酒を飲ませてもらい、病死に見せかけて殺してもらうしかない」

彼らが守りたかったのは、果たして本当に「家と家族」だろうか。僕にはそれが、「世間体」と「今まで通りの暮らし」という目には見えないもののように感じる。

結びで、この事件を八ヶ月に渡って調査してきた雑誌編集長の、雑誌ジャーナリズムに対する矜恃が語られている。湯水のように消費されるだけのうすっぺらな情報と比べて、丹念に調査を重ねて練られた上質なジャーナリズムは、社会の抱える普遍的な闇を照らし出す。

「凶悪」はルポルタージュの形を取っているが、まるで上質な推理小説を読んでいるかのような気分だった。間違いのない良書だ。