ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

痛烈な風刺とディストピア P・K・ディック「流れよわが涙、と警官は言った」

 

フィリップKディックの「流れよわが涙、と警官は言った」を読みました。ディック作品は「ユービック」に続いて二作目です。この作品もなかなかよかったですが、個人的な好みとしては「ユービック」のほうが好きかな。
 
 
あらすじ
 
1988年のアメリカ。3000万人の視聴者から愛される「ジェイスン•タヴァナー•ショー」の司会を務めるタレント歌手、ジェイスン•タヴァナーはある日目を覚ますと安ホテルの一室にいることに気がつきました。
妙なところで眠っていたのも気がかりですが、それよりも気がかりだったのは、周りの人間が誰も自分のことを知らないという状況でした。有名人で、スターだったジェイスンは、道を歩けばサインをねだられるようなちやほやされる生活に慣れきっています。
マネージャーに電話をかけて迎えに来てもらおうとしますが、マネージャーは彼のことを知らない、といいます。どうしてこんな仕打ちをするのか混乱するジェイスンですが、愛人であるヘザー•ハートも彼のことを覚えておらず、電話をかけても頭のおかしなファン扱いされる始末。彼は一夜にして国家機関ですら彼の情報をもたず、出生の記録もこれまでの人生の記録も一切残っていない、「存在しない男」となってしまったのです。
 
なぜ彼が存在しない男になってしまったのか?という大きな謎に牽引されて物語が転がっていきます。
存在しないということはこれまで築き上げて来たキャリアの全てを失ったということです。ジェイスンはパニックを起こし、それが犯罪だと知りつつも、まずは目覚めてすぐ偽造IDを入手しようとします。
 
ジェイスンは少し変わった人物ですが、自分が誰なのかを証明するIDは現代社会ではなくてはならない存在です。雇用も住居もIDなしでは難しいですし、あらゆる契約に免許証などの自分を証明する何かが必要になります。ジェイスンはほとんど滑稽なまでの切実さでIDを求め、自分が社会に存在することを証明しようと奮闘しています。
 
これほどの強い欲求というのは、現代人の強い帰属意識に起因するものかと思います。社会の中で生きることに重点を置き、自分が誰なのかを常に意識していなければ行きていけません。
 
結果、それが命取りになって警察にもマークされるわけですが。
 
ディックの魅力とは、設定に対して徹底的に考え抜いたリアルな世界観にあると思います。そして全体を漂うディストピア感。
 
オチはここでは伏せますが、伏線や言及が足りないせいでリアリティがあまりないような気がしました。
むしろ、オチではなく「社会的なアイデンティティを喪失した人間がどうふるまうか?」についてがメインだからこれはこれでいいのかもしれませんが。ユービックと電気羊があまりに見事なので期待値が高くなりすぎていたのかもしれません。
 
 
 

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