ほんだなぶろぐ

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平和の反対は自由 カント 永遠平和のために

 

永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)

永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)

 

 

平和の反対とはなんだろうか?

戦争?紛争?剣呑としたイメージの言葉を思い浮かべがちだけれど、ドイツの哲学者イマニエルカントは「自由」ではないかと説く。

人類の歴史と戦争は切っても切り離せない。日本史でも世界史でも、およそ歴史と名のつくものの実態は戦争の歴史であり、支配者と被支配者の関係こそが歴史を形作っていく。

戦争はいかなる場合においても悪である。では、この悪しき存在である戦争を永遠に起こさないためにはどうしたらよいだろうか?

ドイツの哲学者、イマニエルカントが考え抜いた結果、この草稿が生まれた。100分de名著で取り上げられてて面白そうだったので読んだ。国連憲章を作成する上でお手本になったと言われているらしい。

 

 

2002年に勃発したイラク戦争で遠隔操作可能な無人戦闘機が米軍によって投入され、物議を呼んだ。事務所にいながら無人戦闘機を操り戦闘行動を行った元兵士のドキュメンタリーを見たことがある。死傷するリスクのないところから戦闘行動に参加しつつも、少なくない数の兵士はのちにPTSDにかかり、苦しむことになる。
自らが死の危険と隣り合わせとなり、同僚の死を目の当たりにして発症していた従来の精神疾患とは明らかにそのなりたちが異なる。

こうした事例を見ると、人間は根っこのところでは殺戮を好まず、協調を重んじるのではないかとも思える。

しかし、現実に多くの紛争は起きているし、国境によって国が別れているのも、互いの民族が分かり合えなかったからだとも言える。

カントは人間とは放っておいたら戦争を起こす存在だと断定している。自由な状態(この場合の自由とは秩序の存在しない状態)であれば、必ず自分たちの利益を優先して他の民族と諍いを起こす。

世界地図を見ればそうした結果は明白だ。海や川、山を境界として、あるいは全くの荒野を境界として世界は国境によって分断されている。

そこでカントはこの草稿のなかで2つの方法を示した。


一つは、世界政府を作ること。
争いを調停してすべての国境を無くし、単一の言語、単一の宗教、単一の中央政府を置いた世界政府を作ること。

そしてもう一つは、個々の国々の自主独立を認めたうえで、緩やかにお互いを監視し合う世界連合を作ること。

 

カントは後者を永遠平和のために必要な組織だと述べている。まさに今日の国連がそれにあたる。
その上で、カントは永遠平和のためには不平等な平和条約は平和条約とは言えないと述べている。人が自由を求めるときに破壊的な衝動に頼るのは、理性で行動しても不平等な状況は変わらないと絶望したからだ。

カントは、永遠平和のために必要なのは人々の道徳心や平和を愛する心ではなく、仕組みなのだとこの草稿で述べている。本質的に利己的で邪悪な悪魔であっても、知性さえあれば永遠平和は実現することができる。

 

例えばケーキ好きの悪魔たちがいるとする。
なんのルールもなければ彼らはケーキを巡って争い、一番強い悪魔だけがケーキを総取りするだろう。
しかし、誰かがケーキを切り分けて平等に配るルールを設けたらどうだろう?それでも分配者は自分に有利にケーキを切るかもしれない。
そこで、ケーキを切り分けた悪魔が一番最後にケーキを取るルールを設けたらどうだろうか?
ケーキを切る悪魔は自分の利益を最大限にするため、ケーキを平等に切るようになるだろう。
しかし、ずる賢いケーキ切りの悪魔はケーキを隠れて切るかもしれない。隠れてケーキを切り、自分のケーキを確保してからみんなにケーキを配るかもしれないだろう。
では、ケーキを切るときには他の悪魔の立ち会いのもとで行ったらどうだろうか?
悪魔たちは自分の利益を最大にするためにケーキを切るところを監視し、ケーキ切りの悪魔は可能な限り平等になるようにケーキを切り分けるだろう。そこに争いは存在しなくなる。

 

人は自由を求めて剣を取る。そこに不平等がある限り、争いはなくならない。
しかし、知性さえあれば、いつかは永遠平和は実現する。カントは永遠平和を人類が目指すべき永久の努力目標であると述べている。
カントがこの本を上梓したのは1795年のことだ。1787年フランス革命が起こり、プロイセンも参戦。1795年にその講和条約としてバーゼルの和約が結ばれるが、これは永遠平和のための講和条約ではなく、一時的な休戦条約にすぎないとカントは考え、この草稿を書くに至った。


それから二度の世界大戦を得て、1945年に国際連合が今の形で設立される。
カントの考えが公に広まるまで、実に150年の時間がかかったことになる。

人はルールがなければ必ず戦争をする。しかし人は悪魔などではない。自由を求めて剣を取るのは、止むに止まれぬ事情があったからだ。しかし、たとえ悪魔であっても、洗練されたルールさえあれば、永遠平和は必ず実現する。
カントは今の世界をどう見るのだろうか?歩みを止めないことがなによりも重要だろう。今この瞬間にも、ケーキは切られている。