ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

街が人を作る。ニューヨーク旅行記

昨日までニューヨークに行っていましたので、旅行記を書きました。

 

メモリアル・デイを前日に控えた日曜日。僕はソーホーの安いホステルに泊まっていた。アヴェニューの名を取っただけのいいかげんなネーミングで、かろうじて鍵のかかる一人部屋はスーツケースも開けないくらいに狭い。

薄いパーテションのような壁で仕切られただけのキャビンがフロアに何十もあって、朝晩はいつも誰かのいびき声が聞こえてきた。

キャビンには当然のようにテレビもなければ窓もない。申し訳程度にポスターが貼ってあるだけの、客室というよりはしゃれた独房のようなホステルだった。相場の半分ぐらいの値段で泊まれる宿泊施設で、わりに僕は気に入ったのだけれど。

 

目を覚ました僕は、ガイドブックに載っていたベーグル屋に向かった。

七時を過ぎたばかりのソーホーは、人通りもまばらで、昨晩のけばけばしい雰囲気が嘘のようだ。あれだけ多かった黄色のタクシーもすっかり消え失せている。

空は晴れ上がり、空気はすっきりとして僅かに湿り気を帯びている。風はなく、きりっとした初夏の涼しい朝だ。

ベーグル屋の店員の女の子は僕の姿を認めると、気だるそうにカウンターから歩み寄って、closeと書かれた札をopenに変えた。

当然だけど、客は僕ひとりしかいない。
「ハロー」という僕の挨拶を無視して彼女はカウンターの奥に引っ込んでいった。

初めてくる店だ。あまり英語にも自信がない。プレーンベーグルとコーヒーを注文した。
彼女はため息混じりにベーグルのなかに何を入れるか尋ねたが、僕の英語力が乏しいせいでうまく通じない。彼女はその間ずっと苛立っているようだった。 

f:id:jin07nov:20170530055810j:plain

 

 ガイドブックによれば、ニューヨークはアメリカで最も多くの観光客の訪れる街でありながら、最もアメリカらしくない街でもあるそうだ。

人懐っこくて陽気。いささか自分勝手ではあるものの基本的には親切で情緒的。見知らぬ人にもおせっかいを焼く。滞在したことのあるケンタッキー州の片田舎にいるようなアメリカ人とは、マンハッタンでは会えなかった。

f:id:jin07nov:20170530065242j:plain

ベーグルの朝食を食べた後で911メモリアルミュージアムに行くと、オープン前だというのに人だかりができていた。あの未曾有の事件から16年。メモリアルデイ(戦没将兵追悼記念日の週末はそれを思い出すにはちょうどよい機会なのかもしれない。

しかし、外には武装した警官がうろつき、入場前には警察犬が入場客のわきを通る。メモリアルパークのいたる所に監視カメラが見下ろしている。

メモリアルミュージアムの入場料は24ドル(約2700円)といささか高額だ。入ってすぐの場所に911メモリアルミュージアムショップがあって、そこでは911絡みのグッズを買うことができるのもなにか違和感を禁じ得ない。

f:id:jin07nov:20170530060036j:plain

人が街を作る。
様々な国籍の人が集まり、住人のためにルールを決め、住民と、街を訪れる人が気持ちよく過ごせるように空港やホテル、地下鉄にレストランが作られている。

でも、街があまりに大きくなりすぎると、逆に街が人を作るようになる。

地下鉄ではアラブ系のファッションを着た老齢の男が、同じくアラブ系の中年女性に絡んでいた。声高に列車から降りろと叫び、女性の方も応酬するが、次の駅で彼女は降りていった。
僕の隣にいた白人の若者は、イヤホンを片耳から外して迷惑そうな目を老人にちらりと向けただけでまた音楽の世界に戻っていった。

多くの物乞いが小銭の入ったコップを傍らに置いて路傍に座り込んでいる。
見上げればタイムズスクエアの電子公告が人々に消費を促している。

 

f:id:jin07nov:20170530073812j:plain クールであることがニューヨーカーの条件なのかもしれない。スマートに注文して、颯爽と街を歩き、仕事に出かける。そして、仕事が終わればブロードウェイショーや家族愛をテーマにしたハリウッド映画を消費する。

オフブロードウェイの小さな劇場で、ショーが始まる前に誰かの誕生日を祝っていた。皆で声を揃えてハッピーバースデーを歌う。
夜のソーホーでは友達同士が別れを惜しむようにハグしあっていた。
人懐っこくて陽気、いささか自分勝手ではあるものの基本的には親切で情緒的なアメリカ人はこんなところに息を潜めていた。

 

見知らぬ人に親切にしても、次の日には帰ってしまう。言葉も通じない、ルールも守らない、人を騙したり、たかったりすることをいとわない人間もときにはいる。

街に適応できなかった人間の末路は悲惨だ。でもそれを、誰も変えることはできない。
できるのは少しだけ非難の目を向けて、またイヤホンを耳に戻して自分の世界に戻ることだけだ。

f:id:jin07nov:20170530065920j:plain

  メモリアル・デイの朝、僕は再びベーグル屋に行った。すでに開店していて、店内で二人の若い男性がコーヒーを飲んでいた。

カウンターの奥には昨日の女の子がいた。口には出さなかったけれど、彼女のほうも僕の顔を覚えているみたいだった。
「モーニン」と挨拶すると、「ハロー」と返してくれた。
「焼いたプレーンベーグルとスモークドターキー、それにコーヒーをつけて」
昨日よりもスマートに注文すると、彼女は僅かに微笑んでくれた。

メモリアル・デイの朝にはニューヨークを発った。ニューアーク空港ではトランプが戦死したアメリカ将校たちのために黙祷を捧げるニュースが流れていた。

f:id:jin07nov:20170530073805j:plain