ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

全員嘘つき! カズオ・イシグロ初心者にうってつけ 夜想曲集「降っても晴れても」

 

今年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの著作として有名なのは、「日の名残り」「忘れられた巨人」「わたしを離さないで」などの長編だ。これらの作品は、作品全体が巨大なメタファー、隠喩によって支配されており、書いてあることよりも書いていないことのほうがより重要なのである。
イシグロ本人も、「読者がそれと気がつかないような隠喩が優れた隠喩である」と述べているくらいである。
ということは、裏を返せばあまり読書経験のない人にとってはイシグロの小説はなんだかよくわからない、ということになりがちだ。

実際、「わたしを離さないで」の映画版を見た家族の反応はいまいちだった。
漫画をよく読む妹は「まあよくある設定だよね」
設定についていけない母は「作者はどうしてこんな話を書こうと思ったの?」
そして父はずっとスマホをいじっていた。
最後まで見終わったあと、「結局どういう話だったんだろう?」と家族全員が首をひねっていた。

そんな人にこそおすすめしたいのが彼の短編だ。
長編はもちろん全部素晴らしいのだけど、短編のほうも同じくとても優れた緊密なものを書いている。
とくに「夜想曲集」のなかに含まれる「降っても晴れても」という短編は、まったくカズオ・イシグロを読まない読者にとっても取っ付きやすいのではないだろうか。
これほど人間の隠された心理を書きつつ、しかも笑える短編小説を、僕は知らない。

「降っても晴れても」を簡単に説明すれば、「ロンドンにいる友達夫婦の家で、犬のにおいを再現するために履き古したブーツを煮る話」である。
どうしてイシグロがこんな一見ばかばかしいような話を書くのか?
もちろん、この小さな小説のなかにも奥深いカズオ・イシグロワールドが息づいている。

 

 

夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)

夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)

 

 

 

 

 


降っても晴れてものあらすじは以下のようになる。

スペインで英会話教師をしている英国人のレイモンドには大学時代、古いブロードウエイソングのレコードを通じて仲良くなったエミリという旧友がいた。
大学時代のレイモンドはエミリのアパートでサラ・ボーンやレイ・チャールズのレコードを何時間でもうっとりと聞き惚れ、歌詞や歌手の解釈をあれこれ議論していた。
あんなにも早くチャーリーに決めてしまわなかったら、何人もの求婚者が現れていただろう、とレイモンドはエミリを述懐する。当時の彼女はほっそりとして魅力的な女性であり、そして、彼女の夫であるチャーリーはレイモンドの親友だ。
月日は流れ、47歳になったレイモンドは二人を訪ねてロンドンの彼らのフラットに赴く。

このあらすじを読んで想像したようなほろ苦くビターな不倫の恋、あるいは青春時代の淡い恋の名残りのような展開は起こらない。
なにしろレイモンドがチャーリーの泥だらけのブーツを煮る話である。

彼らはほろ苦くビターな大人の恋愛をするには人生における実際的なあれこれによって疲れ切っており、ノスタルジーな思い出にふけることができるほど「うぶ」でもない。

 

まず、登場人物が全員「信頼できない」のだ。
ある程度生きていれば人間だれしも「嘘をつく達人」になっている。たとえば誰かが離婚をしたり、失業したりしたとして、「やあ、離婚したって聞いたけど大丈夫かい?」と尋ねたとき、「ああ、すべて順調だよ。むしろ離婚できてすっきりしたよ」と友達が返したとしても、それを額面通りに捉えることは決してできない。
「ああ、もうすっかり大丈夫なんだ、よかったなあ」と考えるのは大変な間違いで、離婚した友達の心の中では整理できていないあれこれがあるに違いないが、それでも礼儀として、あるいはあれこれ詮索されたくないから、もしくは他人に心配されたくないから、いろいろな理由で本心を隠す。

 

この短編小説の主要な登場人物は、主人公のレイモンド、レイモンドの大学時代の友達で、夫のチャーリー、妻のエミリの三人だ。
チャーリーもエミリも、旧友であるレイモンドの来訪を喜んでいるように振る舞っているが、実はその胸中は複雑なものが隠されている。
というのも、チャーリーとエミリは離婚寸前の夫婦の危機を迎えており、レイモンドが彼らの家に到着したとき、部屋はぐちゃぐちゃ、マットレスは変な方向に向いているし、雑誌やペーパーバッグが散乱し、惨憺たるありさまになっている。

 

まず、チャーリーはレイモンドに対して、彼が夫婦の危機を救ってくれると期待している。
頼れるのはお前しかいない。そう打ち明けられてレイモンドは「正直感動した」と述べている。それほどまでにチャーリーが自分のことを信頼していてくれたなんて。これで夫婦の共通の友達であるレイモンドが二人の仲を取り持ってくれることを期待する、という構図ならわかりやすいのだが、実情は少々違う。
チャーリーは世界中を飛び回るビジネスマンであり、成功した部類の人間であるが、レイモンドは長時間労働に薄給を強いられるあまり成功したとはいえない立場だ。レイモンド、チャーリーそしてエミリもそうみなしている。
チャーリーとエミリの喧嘩の原因は明言されていないが、どうやらエミリがチャーリーに対して過剰な期待をしているらしいことが言葉の節々から明らかになってくる。
チャーリーは「自分はうまくやっている。下には下がいるじゃないか。ほら、例えば、いまだにうだつの上がっていないレイモンドとか」とエミリに気が付かせたいのだ。

 

誤解するな、レイ。おまえが人生の敗残者なんて言っちゃいない。薬物中毒でも殺人者でもないのはわかってる。だが、おれと比べたら──正直に言うぞ──おまえはとくに成功者とは言えんだろ? だから、おれのために頼む。 

 

はっきりとこのように失礼な頼み事をされるのだが、レイモンドがお人好しなのか、特に怒ることもなく受け入れる。

 

それからエミリはエミリで、必ずしもレイモンドの来訪を喜んでいない。
危機的状況なの、と突然仕事が入ったと会社に行き、会議のおかげで家に帰るのが遅れる、とレイモンドに電話を入れる。
しかし、とある事情でレイモンドが「何時に帰るのか?」確認すると、それを早く帰ってくるように急かされたと勘違いしたエミリは会議を切り上げてすぐに帰ってくる。はっきりと名言されていないが、どうやら嘘をついて彼と顔をあわせる時間を削っている。
さらに極めつけはうっかり置き忘れたメモ帳に、「レイモンド月曜日来訪、嫌だ嫌だ」とあり、さらにページをめくると「レイは明日、どう生き延びる?」とあった。そして、今朝書かれたばかりのメモの中に雑多な用事に隠れるように「ぐちぐち王子にワインを」とあるのをレイモンドは盗み見てしまう。
ぐちぐち王子とは前後の文脈から考えると、どう見てもレイモンドである。
あまりの衝撃に、メモ用紙に力を入れてしまったレイモンドは、気がつくとそのページが誤魔化しようがないほど強い皺がついてしまっているのを発見する。なんとか皺を伸ばしてなかったことにしようとするのだが、その努力もむなしく、まるで丸めた紙くずになりたいという願望でもあるかのように元の状態に戻ってしまう。エミリに怒られることを恐れたレイモンドはなんとかしてそれがバレないようにしようと画策し、それが冒頭のブーツを煮る行動につながっていくのだが、その先は実際に本書を読んでいただくのがいいだろう。


人は誰しも、過去に戻ることはできないし、過去をやり直すこともできない。結婚した相手を変えることも、なかったことにすることもできない。
メモ帳に残された皺も、元通りにすることはできないのだ。

 

当人の視点から語られると、それは悲劇だが、少し離れたところから見ると、それは喜劇でしかない。この小説が気に入った人は、充たされざる者を読んでみるべきだと思う。きっとその小説の長さが気にならないくらいあなたをハラハラさせたり、笑わせたりすることだろう。

 

ところで、この小説で一番信頼できないのは誰なのか?

それは実は語り手であるレイモンドであろうと僕は思う。

「人生で最良とは言えない日々を過ごした」ので、親友二人にちやほやされに来た、とサラリと述べているが、彼はこの小説の中で自分の境遇について一切触れていない。
「自分のアパートでのんびりすることがなかなかできなくなっている。家で一人でいると、なんだか落ち着かない。本来ならどこかほかにいて重要な出会いがあるはずなのに、それを逃しているような気分になる」と言っているし、「あなたがこれほど変わったなんて思いもよらなかった。そんなに追い詰められているなんて」とエミリに指摘もされている。

彼は明らかになんらかの人生の岐路に立っており、もっと言えば親友のために何かしてないで自分の人生の課題に取り組むべきなのだけれど、どうやらそれを棚上げしているようだ。
それはエミリの以下のセリフからも明らかである。

 

「まったく、レイモンドったら……。あくどい語学学校にはいいようにこき使われるし、強欲な大家にはいいようにぼられるし、その上、なんですって? どこかの女につきまとわれている? 酒代をひねりだせるほどの仕事もないくせに酒が手放せないばか女に? レイモンド、あなた、自分のことを少しでも心配してくれる周りを、わざと怒らせようとしているんじゃないでしょうね」 

 

イシグロの小説はあまり簡単ではない。言葉で表現されていることだけが彼の小説の本質ではない。彼の本の入門としてぴったりなのは「日の名残り」や「わたしを離さないで」「忘れられた巨人」よりもむしろこの「夜想曲集」なのかもしれない。