神は味方? CLIMAX
この映画からなにか教訓のようなものを得ようとしてみたのだけど、たぶんそんなことをすれば、単純にLSDは怖い、くらいの警察の標語みたいになってしまうような気がする。でも、無粋を承知でこの映画の持つメッセージについて考えてみようと思う。
まず、ぼくはダンスを踊れないし、クラブにもいかない。一度行ったことはあるけど、どうやって楽しんだらいいのか分からなかった。だからそのときはクラブで楽しんでいる人を観察していた。
男のひとが女の子をナンパしていたり、露出のある衣装を着た女の子や派手で洒落た服の男性がいたり、なにか日常と違う雰囲気があった。でもクラブを楽しんでいる彼らから感じたのは、「なにかを譲渡している」という感覚だ。何を、何に譲渡しているのか?
それは自分自身の身体のコントロールを、自分よりも大きな何かに譲渡している感覚だ。音楽に合わせて身体はリズムを刻み、知っている人も知らない人も同じダンスフロアでその一体感を楽しむ。トランス状態という言葉があるが、理性を捨ててそういう状態になれる人の方がよりその場を楽しむことができるのではないかと思う。
映画「Climax」の中で、全員が参加するダンスのシーンがあり、そのクライマックスで「神は味方」という決め台詞があった。その言葉が妙に心に残った。何かこの作品の根幹をなす言葉なのではないだろうか。そして、かつて全く逆のことを言った人がいたことを思い出した。
「神は死んだ」
ドイツの哲学者 フリードリヒ・ニーチェの言葉だ。
97分間堕ちまくれ!ギャスパー・ノエが放つカオスを刮目せよ/映画『CLIMAX クライマックス』予告編
「神は死んだ」
あまりにも有名なその言葉は、今ではその言葉だけが一人歩きしているようにも感じる。フリードリヒ・ニーチェが「神」と言ったとき、もちろんそれはイエス・キリストを想定していたのだろうけれど、もっと巨視的なものの見方をすれば、それは「自分よりも大きな存在」のことだと解釈できるのではないだろうか。
ニーチェの超人思想は、自分が自分自身の支配者であることを標榜し、「自分よりも大きな何か」に自分のコントロールを任せるな、と言っている。つまり自由とは責任と相伴うものだというのが彼の主張だ。
しかし、これもバランスの問題だ。すべてそんな調子で生きていたら息が詰まる。なぜなら人生のなかには自分の力ではどうしようもない局面がある。恋愛、妊娠、出産、死別。それらに絡んだトラブルはある程度「流れに身を任せる」感覚が必要だ。
我々が音楽を楽しむとき、一体感を感じる。その感覚が心地よいのは、きっと自由は責任と相伴う、という普段背負っている荷物を一時的にでも下ろすことができるからだ。少なくともそういう側面は音楽の楽しみの理由の一つとしてあるだろう。
しかし、すべての責任をおろし、コントロールを何かに完全に委ねたらどうなるか?これがこの映画の本質的な問いの部分かもしれない。
そういう視点で見ると、登場人物の造形にはどこか共通点が見られるように思う。彼らの多くは「流れに身を任せる」ことに長けている。しかしその中でも比較的流れに逆らおうとするキャラクター、セルヴァやダヴィッドなどもいる。
LSDという薬は実は比較的バッド・トリップに陥りやすい麻薬で、上級者向けだとどこかで読んだ記憶がある。経験豊富な指導者がついていなければ初心者で気持ちよくトリップし、サイケデリック体験することは難しい。ここでも「流れに身を任せる」ことがキーワードになる。
この映画の中でそれがうまいキャラクターはハッピーな夜を過ごしたようだが、それがうまくいかなかったキャラクターは壮絶なバッド・トリップを経験する羽目になった。
そこにこの映画の持つリアルさを感じる。全員が「超人」の世界ならニーチェの思い描いた世界は上手くいくが、凡人のなかに「超人」が混じれば悲惨な結末を生む。現実の世界でも数多く起こっている悲劇をぼくはこの映画から感じ取った。
ところで、LSDをサングリアに入れた「犯人」としてプシュケが映画の中で示唆されていた。「プシュケ」という名前からよく西洋画のモチーフになるあの「プシュケ」を連想したのだが、ネットで調べて見た感じ、あながち偶然ではないかもしれない。
ギリシャ神話に登場する王女「プシュケ」はあまりの美しさに美の女神「ウェヌス」の妬みを買い、彼女の息子「クピト」(キューピッド)の矢に打たれる。美貌のせいで様々な神や人間の妬みや愛憎の対象となった彼女の名前プシュケ(Psyche)は古代ギリシャ語で「心」や「魂」を意味し、それが、サイケデリック(psychedelic)の語源のひとつになったようだ。
参考
- 作者: フリードリヒ・W.ニーチェ,Friedrich Wilhelm Nietzsche,佐々木中
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2015/08/05
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