ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

制約がドラマを生む「門外不出モラトリアム」

普段演劇というものに縁のない生活を送っているので、ぼくが演劇を語るなんておこがましいのだが、演劇というのはとかく不自由が多い。
まず舞台。小説や映画、漫画だったら舞台は自由自在だが、演劇はそうもいかない。
それに、時間の流れ。これも、ほかのフィクションなら自由自在だ。勝手に一秒を引き伸ばしたり、十年を一瞬で飛ばしたりすることも可能だ。
続けて、カット。今、どこに注目するべきか、演劇の場合アテンションを観客に向けさせるのが難しい。カメラはズームか?パンか?なんて選べない。
ヒロインの持っているナイフに注目してほしい時はどうすればいい?スポットライトを当てるか?それとも周りにリアクションしてもらうか?

ただ、その「不自由さ」が逆にドラマを生むこともある。
特に今は新型コロナの蔓延によって世界全体が「不自由さ」の中にある。そんな中で、オンラインでオーディションし、稽古し、公演まで行う、いわば「フルリモート劇団」である、劇団ノーミーツの旗揚げ公演「門外不出モラトリアム」というものがあると知り、観劇してみた。

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nomeets2024.online

 

以下、感想は若干のネタバレを含むかもしれないので注意。

 

この「門外不出モラトリアム」という演劇は、入学から4年、フルリモートで卒業を迎えることになった大学生四人組の姿を描いたものだ。主人公はメグルという女子大生で、卒業式の日、密かに思いを寄せていた同級生のリョウイチに思いを告げる。
しかし、リョウイチは、「あいつがいなくなってしまったのに、自分だけ彼女ができてハッピーエンドなんて無理だ」とメグルを振ってしまう。
そう、大学生四人組は、かつて五人組だったのだ。2年前にいなくなってしまったもうひとりのメンバーが、もし一緒に卒業できたら?そうしたらメグルはリョウイチと付き合うことができるのか……

「門外不出モラトリアム」は、「卒業式の日」を起点に、メグルが何度もタイムリープして大学生活をやり直すストーリーだ。「いなくなったあいつ」とは同じ大学のクラスの「ケンジ」という男子大学である。大学2年の夏、オンラインでしか会えないことにフラストレーションを募らせた彼は、みんなと海に行きたい、と提案し、却下される。その結果彼は一人で海に行くことを決行し、それがどういう経緯をだどったのかは語られないのだが、卒業式の日には「いなくなる」。

メグルはタイムリープし、なんとかケンジが海に行ってしまうのを防ぐが、その未来の先では、ケンジが同じ高校出身のマイと付き合う未来になっていた。
その未来が受け入れられないメグルは、その後何度もタイムリープを繰り返すことになる。


この演劇は役者たちが全員ZoomやFacetimeなどを使って演技するというかなり尖った演出になっている。そのため、二人や三人が同時に同じ部屋にいるシーンはない。これほど「不自由」なことはないのだが、演出はそれを見事に逆手にとっている。

例えば、Zoomの画面から見える役者の服装で季節感を表現し、役者の部屋のカレンダーが2021年の7月になったり、ほかの月になったりすることで時間がわかるようになっている。

また、この演劇は「タイムリープ」ものであるとともに「セカイ系」と呼ばれるジャンルのストーリーだ。メグルという女子大生が二年前のあの夏でどういう行動を起こすか?あるいは、大学生の4年間をどう過ごすか?という行動で卒業式の日の世界ががらりと変わる。

メグルがケンジを説得し、みんなが仲良く卒業式を迎えた日、パンデミックは抑えられ、世界には祝賀ムードが漂っているが、メグルが心を閉ざして大学生活を送った場合、パンデミックは繰り返し、世界は退廃したムードに包まれている。

この世界の様子と演者たちのムードや部屋の状況がリンクしているのが面白い。退廃したムードのとき、五人組はよそよそしいし、ナイトクラブでかかる曲も退廃的、訓示を述べる教授もどこかやつれて疲れ切っている。
しかし、祝賀ムードのときにはこれが逆転する。

見る方の我々もそうだし、作り手の方の彼らにとってもこういう形の表現はまったく初めてのことだ。これはうちのWi-Fiの電波の問題かもしれないが、学長に向かって観客全員が一斉に「こんにちは」とチャットした瞬間にうちの回線が飛んで焦った。(その後復旧)
また、Zoomで本来入るべきでない演者が入ってきてしまったが、さすが本職の俳優、という感じでうまくアドリブで対処していた。(ちなみにぼくが見たのは公開初日の15時の回だ)
このあたりの「ライブ感」は、映画や漫画、小説などではたぶん味わうことができない。

演劇を見ながらチャットをする、というのも観客同士の一体感が生まれる。家で一人で見ているのだが、誰かとつながっている、という感覚をもたらす不思議な体験だった。それに劇中で「マイ」がインスタストーリーを上げると、実際にそれがリアルタイムのインスタストーリーとしてアップされたり、SNSを上手に利用している。

今は誰にとっても「不自由」な時代だ。しかし、その「不自由」を逆手に取って素晴らしいドラマをつくりあげることができる。確かにみんな苦しいし、フラストレーションもたまっているが、人間の行動が未来を作る。そうしたメッセージ性が劇中にあふれていて勇気づけられた。
劇団ノーミーツは今回が旗揚げ公演だそうだが、今後の活動にも注目したいと思った。