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ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

異形のものの気配におののく「女のいない男たち」

 

実は中学生のころから村上春樹の文章に魅せられているファンの1人です。今でも好きな小説家は?と聞かれると真っ先に村上春樹の名前が浮かんできます。平易で読みやすい文体とは裏腹に、読んでいるうちに行間からどうしようもない孤独感がにじみ出てくるところが魅力です。内田樹が「村上春樹にご用心」のなかで、特定の読み手にだけ伝わる倍音のようなものが彼の文章にはある、と解説していましたが、なるほど、言い得て妙。という感じです。

 
本書は9年ぶりとなる短編集ですが、
 
ある事情から車を運転できなくなった俳優が女性ドライバーを雇い、彼女の助手席に座わりながら死んだ妻と、彼女の浮気相手のことを思い出す、「ドライブマイカー」
 
世田谷出身なのに完璧な関西弁を話す親友のガールフレンドを紹介された「僕」が、彼に「俺のガールフレンドと付き合う気は無いか?」と持ちかけられる「イエスタデイ」
 
常に何人かのガールフレンドとベッドをともにしていた独身主義の開業医が、ある日本気の恋に落ちてしまう「独立器官」
 
「ハウス」に閉じ込められた主人公の身の回りの世話をする女が、主人公とのセックスの後でひとつ、興味深い話をする「シエラザード」
 
妻の浮気が原因でうまくいかなくなった主人公が会社を辞めてバーを経営するが、ある日を境に不思議な現象が彼を取り巻き始める「木野」
 
夜中すぎにかつての恋人の夫から、彼女が自殺したという悲報を受け取る「女のいない男たち」
 
六つの短編からなる本です。
 
僕はこの中でも「木野」に興味を持ちました。村上春樹は、ノルウェイの森1Q84のような、恋愛に関する機微を書いてももちろん素晴らしいのですが、人智を超えた「異形のもの」を書くのが秀逸な作家です。
 
暴力の予感はあるが、村上春樹はそれを直接的には描写しません。しかし、そうすることでかえってその暴力が、絶望的なまでに強大で不可避なものであることを印象づけます。DVを受けている女と関係を持つ前に、女が、木野さんに見せたいものがあるの。と言って傷跡を見せるのですが、その際の描写が頭に残りました。
たとえそれが何であるにせよ、木野はそんなものを見たくはなかった。それは見るべきではないものなのだ。そのことは最初からわかっていた。しかし彼がそこで口にするべきであった言葉は、あらかじめ失われていた。
自分ではどうすることも出来ないし、他の選択肢も取りようがなかった。男たちはそんな環境に置かれ、深く傷つきます。
「女のいない男たち」は、女によって深く傷つけられた男たちの話です。しかし、それは単に「女」というだけの存在ではないように思います。男にとっての「女」とは、自分ではどうすることも出来ないやっかいで危険な「異形のもの」であるのかもしれません。