ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

2019-01-01から1年間の記事一覧

そこに必然の恋はあるか? 「国境の南、太陽の西」

「僕たちの恋は必然的なものだ。だが、偶然の恋も知る必要がある」哲学者 ジャン=ポール・サルトル フランスの哲学者サルトルが内縁の妻である、同じくフランスの哲学者ボーヴォワールに話したと言われているのがこの台詞だ。これを読んでなんたる浮ついた気…

許されないすべての人間への赦し「失くした体」

はっきり言ってこの映画の後味は悪い。一般受けとは程遠い映画だ。80分間通して、画面はゴミだめ、通気口、地下鉄の線路などを写すために暗く、ラストにも救いがない。見終わったあと、これはいったいなんだったのか、とガッカリする。期待していたようなエ…

文学の時代性、地域性について「うたかたの日々」

昔、優れた文学というものは、時代や地域に関係なくあらゆる時代のあらゆる地域の人間にとって心に響くものだとおもっていたが、最近はその考え方が狭量に過ぎたと思う。ある時代、ある地域に生まれた人間が書いた小説は好むと好まざるとによらずその時代と…

デタッチメントからコミットメントへ「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」

村上春樹は「風の歌を聴け」でデビューし、2作目の「1973年のピンボール」を書いてから3作目の「羊をめぐる冒険」を書く。いわゆる鼠三部作と呼ばれる最初期のころの話だが、村上が二作目と三作目の間、つまり「1973年のピンボール」と「羊をめぐる冒険」の…

「人間失格」あるいは「斜陽」と「ヴィヨンの妻」から見る太宰

太宰治の一番有名な作品といえば「人間失格」ではないかと思う。学生時代、そんな思いからこの本を手に取ったが、あまりにもナルシズムの強い文章に辟易して途中で投げてしまった。それ以来ぼくのなかで太宰治は苦手意識があって、「人間失格」以外の作品を…

NETFLIXオリジナル「不自然淘汰」がエモい

貧乏人の悲惨さが自然の法則ではなく、制度によるなら我々の罪は重いIf the misery of the poor be caused of the laws of nature, but by our institutions , great is our sin.チャールズ・ダーウィン 2003年にヒトゲノムが解析され、当時は大いに話題にな…

神は味方? CLIMAX

この映画からなにか教訓のようなものを得ようとしてみたのだけど、たぶんそんなことをすれば、単純にLSDは怖い、くらいの警察の標語みたいになってしまうような気がする。でも、無粋を承知でこの映画の持つメッセージについて考えてみようと思う。 まず、ぼ…

流れの滞留する場所 「レキシントンの幽霊」

この短編集の全体的なイメージは「滞留」だ。 まずは、レキシントンという街について考察してみたいと思う。「レキシントンの幽霊」の舞台になったレキシントンはケンタッキー州にある人口26万のレキシントンではなく、マサチューセッツ州ボストン郊外にある…

世界が私を愛さないなら私も世界を愛さない「ジョーカー」

久しぶりにすごい映画を見た。アメリカではこの映画の公開に先駆け、警察と軍が警戒態勢に入った、とCNNが報じた。そのくらい影響力のある映画だ。 https://www.google.co.jp/amp/s/www.cnn.co.jp/amp/article/35143225.html ヒッチコックとトリュフォーの対…

アンチヒーローとしての「フランケンシュタイン」

メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」を読む機会があったので書評を書こうと思う。 この話をアンチヒーロー、あるいはダークヒーローの話として読んだ。アンチヒーローとは言葉の通り、ヒーローの逆、あるいはヒーローとは対をなす存在であり、悪役…

死に至る渇き 『人間失格 太宰治と三人の女たち』

監督 蜷川実花、主演 小栗旬の映画「人間失格 太宰治と三人の女たち」を観てきた。 太宰治とは一体どういう人間だったのだろう? 女たらしで無責任。金勘定が苦手で、酒や薬に溺れ、最期は愛人と入水自殺した戦後の文豪。これがぼくの印象だった。しかし、こ…

村上春樹は何がすごいのか?「東京奇譚集」

気がついたらこのブログも、もう100個目のエントリーである。だからというわけでもないけど、「東京奇譚集」を読み返す機会もあったことだし、「村上春樹は何がすごいのか?」あるいは、「どうして村上春樹は世界中で読まれているのか?」について書きたいと…

祝芥川賞「むらさきのスカートの女」は存在したか?

2019年7月。第161回芥川賞をみごと受賞されたのは今村夏子さんだ。かねてから上手な小説を書く人だと思っていた。力のある人が評価されるのは嬉しい。自身の敬愛する小川洋子の推挙で芥川賞を受賞したというのも何かの縁を感じる。まだ三十代と若い方なので…

「自分」を巡る冒険 「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

この小説の、長く謎めいたタイトルの意味するところとは一体なんであろう?色彩を持たない多崎つくるとは、すなわち「自分を持たない」ことを表しているのではないかと思う。身もふたもない言い方をするなら、この話における巡礼とは「自分探しの旅」だ。一…

世界は公正か? 「羅生門・蜘蛛の糸・杜子春その他短編」

文学と「地域性」「時代性」そして作家の「人間性」というものは切っても切り離せない関係にある。出展は失念してしまったが、村上春樹が登場したとき、「畳の匂い」がしない文学だ、と批評があった。デビュー作の「風の歌を聴け」では、なるほど、ジャズや…

風を入れる必要はなかったか? 82年生まれキム・ジヨン

一読して心にもやもやが残った。言ってることはわかるけど、こんなにもやもやするのは自分が男だからなのだろうか?何か飲み込みきれない気持ちが残り、素直に読めない。本書の解説を読んでそのもやもやの正体がおぼろげながらわかった。これは問題のある本…

東でも西でもないアメリカ 「グリーンブック」

1962年、黒人は白人のいる病院、バス、電車、レストランなどに入れないという人種差別的内容を含んだジム・クロウ法が有効だった時代のアメリカ南部。そのアメリカ南部をあえてリサイタルツアーで旅する黒人の天才ピアニストの「ドク」と、彼の用心棒兼運転…

神は死んだ 「最初の悪い男」

最初の悪い男、とは一体誰のことだろう?この小説のタイトルになっているこの言葉のことを考えながら読んでいると、作中でそれらしい記述があった。 「最初の人だよ 」と彼女が言った 。 「デニムの ? 」 「最初の悪い男 」言われてみれば 、そういう立ち方…

無常への儚い抵抗 妊娠カレンダー

そのままを維持したい感情と何者もそのままではいられないという現実 小川洋子を読むのは博士の愛した数式に続いて2冊目である。だから、まだまだ彼女のライトモチーフを語るほどには読み込んではいないのだが、今回彼女の小説から感じたのは、変化への拒絶…

「本質」はどこにある? バーニング

村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を原作にした映画「バーニング」を見てきましたのでその感想を書きます。 テセウスの船というギリシャ神話に基づく有名なパラドックスがある。ファレロンのデメトリウスの時代からあるとされる希少価値のある30本の櫂を持つ…

限りなく続く自由への闘争 「ロンググッドバイ」

ロンググッドバイを筆頭とする探偵フィリップ・マーロウシリーズにおける最大の謎とは、小説家のミステリアスで美しい妻でもなければ、警察権力とマフィアの闘争でもなく、総白髪の礼儀正しい酔っぱらいでもない。それは、主人公であるフィリップ・マーロウ…

男に生まれるのではない、男になるのだ 「たてがみを捨てたライオンたち」

1949年にフランスの哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールが「第二の性」の中で言った。「女に生まれるのではない。女になるのだ」当時は終戦からまだ四年。男性が戦争で激減し、女性は自立して前を向かなくてはならない時代だった。当時の感覚は想像するしか…

「存在」というものの不確かさ 納屋を焼く

10年以上前に読んだ短編で、使っていない納屋を焼く、なんとなく不気味な趣味を持つ男が出てくる短編小説だということは覚えていた。今回読み直して少し驚いた。かなり緊密な構成になっていたからだ。 村上春樹は基本的には技巧的というよりも職人的な、言わ…

引き伸ばす者への憎悪 キャッチャー・イン・ザ・ライ

ギリシャ神話のなかで、「引き伸ばす者」という意味のプロクルステスという強盗が登場するエピソードがある。プロクルステスは通りがかった人に「休ませてやろう」と言って鉄の寝台の上に乗せ、相手の体が寝台よりはみだしたらその部分を切断し、寝台の長さ…

変わるもの変わらないもの シュガー・ラッシュオンライン

シュガーラッシュは前作から大好きで、続編となるこのシュガーラッシュ オンラインはずっと前から楽しみにしていた。シリーズのファンだということもあるけれど、予想を裏切らない最高の出来ばえだったと思う。そこで描かれていたのは、前作と変わらない普遍…