『選択』と『年齢』
2017年夏。文学誌を開いた僕は、3度目の挑戦が報われなかったことを知って肩を落とした。
今年で33歳になる。一次予選すら通過できなかった文学賞を、それでも今年もまた目指すことになるだろう。
小説のネタになるような構想はある。10年勤めた会社だ。抜き方もわかっているから長編を書くくらいの時間を作り出すことはできる。土日を削り、出勤前の時間を消費し、行きつけのブックカフェに入り浸ってキーボードを叩く生活がまた始まる。
もとはと言えば僕が勝手に始めたことだ。誰にも文句は言えないし、辞めたければさっさとやめればいい。でもときどき少しでもいいから報いが欲しくなるときがある。
今日くらいは自分のために文章を書くのもいいだろう。
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街が人を作る。ニューヨーク旅行記
昨日までニューヨークに行っていましたので、旅行記を書きました。
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メモリアル・デイを前日に控えた日曜日。僕はソーホーの安いホステルに泊まっていた。アヴェニューの名を取っただけのいいかげんなネーミングで、かろうじて鍵のかかる一人部屋はスーツケースも開けないくらいに狭い。
薄いパーテションのような壁で仕切られただけのキャビンがフロアに何十もあって、朝晩はいつも誰かのいびき声が聞こえてきた。
キャビンには当然のようにテレビもなければ窓もない。申し訳程度にポスターが貼ってあるだけの、客室というよりはしゃれた独房のようなホステルだった。相場の半分ぐらいの値段で泊まれる宿泊施設で、わりに僕は気に入ったのだけれど。
目を覚ました僕は、ガイドブックに載っていたベーグル屋に向かった。
七時を過ぎたばかりのソーホーは、人通りもまばらで、昨晩のけばけばしい雰囲気が嘘のようだ。あれだけ多かった黄色のタクシーもすっかり消え失せている。
空は晴れ上がり、空気はすっきりとして僅かに湿り気を帯びている。風はなく、きりっとした初夏の涼しい朝だ。
ベーグル屋の店員の女の子は僕の姿を認めると、気だるそうにカウンターから歩み寄って、closeと書かれた札をopenに変えた。
当然だけど、客は僕ひとりしかいない。
「ハロー」という僕の挨拶を無視して彼女はカウンターの奥に引っ込んでいった。
初めてくる店だ。あまり英語にも自信がない。プレーンベーグルとコーヒーを注文した。
彼女はため息混じりにベーグルのなかに何を入れるか尋ねたが、僕の英語力が乏しいせいでうまく通じない。彼女はその間ずっと苛立っているようだった。
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