ほんだなぶろぐ

読んだ本、漫画、見た映画などについてのレビューを、備忘録を兼ねて行っております。

NETFLIXオリジナル「不自然淘汰」がエモい

貧乏人の悲惨さが自然の法則ではなく、制度によるなら我々の罪は重い
If the misery of the poor be caused of the laws of nature, but by our institutions , great is our sin.
チャールズ・ダーウィン

2003年にヒトゲノムが解析され、当時は大いに話題になった。禁断の技術として世の中を一変させてしまうかもしれない。そんな期待と不安の入り混じった論調でメディアが一斉に報道していたが、あれから16年。今ではめっきりその話題も聞かない。
巷には優秀な遺伝子だけを選別されたデザイナーベイビーもいないし、臓器提供のために生み出されたクローン人間もいない。倫理的な理由からヒトゲノムの技術転用は頓挫したのか?それとも表面化されていないだけで現在進行形で何か進んでいるのか?

前髪だけ金髪に染め、ピアス、刺青といういかにも怪しげな風貌。米国の生物物理学者ジョサイア・ゼイナー博士はより安く手軽に、だれでも遺伝子操作ができるCRISPR(クリスパー)という技術を通信販売し、無料でその使い方を公開している。「バイオハッカーは自分の身体の遺伝子をハッキングする」彼はカメラの前で自分の腕にCRISPRを注射してみせた。その注射の効能は「筋肉の増強」だ。

CRISPRの技術を使えば受精卵だけでなくすでに成人した人間に対しても遺伝子操作は可能なのだとゼイナー博士は語る。日光に当たったりしただけでも遺伝子の改変は起こる。CRISPRは誰でも簡単に遺伝子編集できる科学技術だ。しかし、だからといって危険性がないとは言わない。筋肉に作用する遺伝子が、もしも心臓の筋肉に悪影響を与えてうごかなくなかったら?ゼイナー博士はそのリスクがないことを調査したうえで自分の身体に投与したそうだが、それでも遺伝子を改変するという行為自体にはまだ心理的な抵抗がある。

さらに彼は言う。「もし、自分の子供をHIVに感染しにくい身体にできるなら、あるいは見た目を美しく、能力を高くできるなら、私はそれをしたい」はっきり言ってめちゃくちゃ怪しい。こんな奴から薬なんか買って大丈夫か?初めはそう思う。

 

 

一方で、まもなく遺伝子疾患によって視力が失われる子供が登場する。NASAに入り、宇宙飛行士になるのが夢だと語る彼は、宇宙への期待と興味で胸がいっぱいだ。しかし、パイロットにとって視力は死活問題になる。一定の視力を持たない人間は試験に合格することができない。それなのに、彼の視力はこのまま従来の治療方法を続けていくと失われてしまう。彼は遺伝子編集によって視力に関係する遺伝子を治療できるかもしれないのだ。

しかし、もちろんこの技術が生態系に与える影響、危険性についても考慮しなくてはならない。CRSPRで編集された遺伝子は、編集された個体だけでなく、その個体の子孫にも受け継がれる。つまり、マラリアを媒介する蚊の遺伝子を操作し、その蚊を放てば、蚊はほかの蚊と交配し、その子孫は遺伝改変を引き継ぐ。これは、蚊という種全体に効果を示すということになる。
一度研究室の蚊がフィールドに放たれれば、この遺伝子の変化をもとにもどすことはできない。マラリアは撲滅させることができるかもしれないが、ほかの危険な状況に陥るかもしれない。

どこまでをOKとし、どこからをNGとするか?その線引きをだれが決めるのか?たとえば何世代もかけてブリーディングしてきた犬の交配も、CRISPRを使えばたった数世代で終わるようになる。アメリカでは、子供に遺伝する形質の遺伝子操作は禁止されている。だから子供の目を青くしたい、あるいは緑にしたい人はウクライナへ行く。規制がされていないからだ。

現在のところ遺伝子編集治療の最大の問題は治療費だ。大企業が研究開発し、消費者に提供できる遺伝子編集治療は日本円で億単位の金が必要だというが、ゼイナー博士の方法を使えば数十万でできるようになる。数十万。十分に手の届く金額だ。彼は学会でもイロモノあつかいされている。カンファレンスで、「なぜ自分の腕にCRISPRを注射したか?」と問われる。するとゼイナー博士は出会ってから忘れられない言葉がある、と冒頭で引用したダーウィンの言葉を引用する。

貧乏人の悲惨さが自然の法則ではなく、制度によるなら我々の罪は重い
If the misery of the poor be caused of the laws of nature, but by our institutions , great is our sin.
チャールズ・ダーウィン 

 

これは治療法ではなく、まだ科学だ。リスクは当然存在する。ゼイナー博士はそれを強調する。CRISPRの技術を治療に転用するベンチャー企業と、HIV患者の被験者のエピソードが出てくる。その被験者は自分よりもさらに切羽詰まったHIV感染者のため、新しい遺伝子編集の治療法の確立に協力したいと語り、自分の治療の様子を動画で世界に公開していた。しかし、ゼイナー博士は彼が実験に際し、どういうリスクがあり、どうなったら実験成功したのか、など細かい部分をそのベンチャー企業に委ねてしまっていることを指摘し、彼に「それではモルモットと変わらない」と厳しく指摘する。

もしも、何も手を下さなければ失明する、あるいは身体中の筋肉が萎縮して動けなくなる。あなたや、あるいはあなたの大事な人がそんな事態に陥ったとしたら?遺伝子編集は遠い未来のSFの話ではないらしい。近い将来、遺伝子の欠陥が原因で罹患するすべての疾病がなくなる。ゼイナー博士の夢は未来に向かって動き出している。

 

参考

 

種の起源(上) (光文社古典新訳文庫)

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ガタカ (字幕版)

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わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

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